マイナビUSA現地責任者を経て、ニューヨークで起業。国際キャリア支援のエキスパート、大澤直美さんにインタビュー

       
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Yuki

Dec.08.2016 - 07:48 pm

皆さんは『マイナビ国際派就職』という、日英バイリンガルのための就活サイト・サービスをご存知でしょうか。年に数回、東京・大阪・ニューヨーク・シドニーなどで大型キャリアフェアを開催。アメリカの大学に通う日本人留学生の方にはおなじみのサービスですね。

今回は『マイナビ国際派就職』の立ち上げメンバーから、マイナビUSAの現地責任者を経て、ニューヨークで起業された日本人女性起業家の大澤直美さんにインタビューをしました。

大澤直美さん



群馬県出身。在米14年目。New York Career Academy, Inc. 社長。ニューヨーク州立ビンガムトン大学卒業後、ニューヨークのコンサルティング会社、マイナビUSAを経て独立。米CCE認定グローバルキャリアカウンセラー。TOEIC990点。「ニューヨーク群馬県人会」共同設立者・現会長。二児の母としてバイリンガル育児中。

NYキャリアアカデミーHP:http://www.nycareeracademy.com/
Facebook:https://www.facebook.com/naomi.osawa.3

国連で働くという夢を持って、単身渡米

アメリカへ留学をしようと思った理由は主に3つありました。1つ目がアメリカの大学における教育システムが素晴らしいと思ったこと、2つ目が英語をマスターするには英語の環境に身をおいた方が手っ取り早いと思ったこと、3つ目が本物の国際感覚を身につけることでした。「人種のサラダボウル」と呼ばれているニューヨークには、国連本部もあり、日本で国際関係を学ぶよりも断然はやいと思いました。

国連で働きたいと思ったのは、世界平和に興味があったためです。高校生のときの私は、国連が世界の政府だと思っていました。世界を良くするためには、国連だろうと。

家族や学校の先生からは、猛反対がありました。そして、その反対されている真っ最中で9.11のテロが起きたんです。「危険だから行かないほうが良い」「国内の大学に進学したほうが将来が確実だ」とみんなに言われました。でも、世界平和に貢献するために留学を決意した私にとって、テロは、留学をあきらめる理由にはなりませんでした。

留学準備も大変でした。自分で行ける範囲の図書館にはすべて行き、留学関係の本を読み漁りましたね。東京にも足を運んで、留学エージェントを頼りましたが、自分が欲していた正規留学に関する情報はほとんどありませんでした。

情報収集が大変でも、やはり国連で働きたかったので、アメリカの大学に行きたいという気持ちに迷いはありませんでした。自分ですべての手続きをし、高校卒業後すぐに単身でニューヨークへ渡りました。家族、高校の先生も、最終的には留学を応援してくれました。

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高校2年生のときに、留学を決意した際の作文の写真

高校時代の英語の独学が、アメリカ生活の大きなベースに

高校2年生の時、学校の勉強だけでは本場では通用しないと思って、考えた結果、英語は自分で勉強することに決めたんです。

日記を英語で書いたり、高校のあらゆる授業において日本語と英語の両言語でノートを取ったりしました。わからない単語や表現は、その場ですぐに調べました。あとは、無料映画やNHKの英語チャンネルを利用してシャドーイングもやりましたね。イントネーションをものにすることにもこだわりました。

一番極端だったのは、辞書を勉強したことだと思います。高校時代の片道24分の電車通学の時間は、英語の辞書を勉強する時間と決めていました。辞書の裏表の1ページをできるだけ頭に入れて、到着したらそのページを破るんです。

破る理由はなぜかというと、そのページには二度と戻れないというくらいの切羽詰まった環境を自分で作るためでした。しかしA-Zまでじゃなくて、Cまでで終わってしまったんですが(苦笑)。AからCってすごく単語が多いんですよね。

このように試行錯誤しながら英語学習を続けましたが、英語の基礎はそれなりに身についたのかなと思います。大学の学部が主催した論文コンクールでは最優秀賞をいただき、留学後に力試しで受けてみたTOEICは、なんと満点でした!

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留学時代(大学4年時)、クラスメートとの写真。

国連本部や関連団体でのインターン・ボランティアを経て、内定獲得

国際連合で働くことが留学の最終的な目標だったわけなので、大学3年生の頃から国連本部と国連認可のNGOやNPOでのインターンシップ、ボランティアを全部で5-6団体くらいはやりました。がんばった成果はあったと思います。大学を卒業したら、国連のオフィスで働いてもいいよというお話をいただいていました。

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国際連合にて、各国からのインターン生と一緒に撮った写真

自分は国連で働くことには向いていないと思い、NYで就職活動

実は、5-6団体での経験を通じて痛感したことがありました。国連で働くことは、私には合っていないかもしれない、ということでした。このように感じたことは、私自身とてもショックでした。夢にまでみた国連。そこで働くために留学までしたのに、自分には合っていないかもしれないと感じたことを信じたくありませんでした。でも、本当にそう感じたんです。

簡単に言えば、私が内部からみた国連は非常に官僚的でした。自分はもっとベンチャー気質だったんでしょうね。スピード感を持って、市場と連動して、物事を動かしていきたいと思っていました。国連や関連するNGOやNPOのミッションには心から共感していましたが、個人的な働き方としてのギャップがありました。

当時の私は勉強不足で、「民間企業=ただのお金儲け」だと思っていたんです。お金儲けのためだけに働きたいとは思いませんでしたが、民間でも社会のためになることをしている企業はいっぱいありますよね。

このようなことに気づいて、国連の内定をいただきながらも、ニューヨークで就職活動をしました。受けたのは、メディア、NGO、旅行代理店など。全部で7つ内定をいただきました。その中で一番心が揺れたのが、コンサルティングの会社でした。

日本を恋しく思う気持ちはあったので、もちろん日本での就職も考えましたね。でも、その思いよりも、まだアメリカで挑戦してみたいという気持ちの方が強かったです。日本に戻るのはいつでもできる、でもアメリカで挑戦するのはいつでもできることじゃない。

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大澤さんが生まれ育った故郷、群馬県の田園風景

コンサルティング会社から、マイナビUSAへの転職

コンサルティング会社でやっていたことは、日本の企業や教育機関のアメリカ進出のお手伝いでした。そのクライアントの一社がマイナビ(当時の毎日コミュニケーションズ)だったんです。

『マイナビ国際派就職』の前身である『キャリア・スプラッシュ』というバイリンガル人材の就職・採用支援プロジェクトにコンサルタントとして入りました。プロジェクトはどんどん大きくなり、アメリカに法人を作ることになりました。そのタイミングで、スタートアップメンバーの1人としてお声掛けいただき、悩んだ結果お引受けすることにしました。

留学した当初は、日本は大丈夫だと思っていたんですよ。それで世界をどうにかしないといけないと思ったんです。しかし、アメリカでの大学生活4年間で、日本に対する考えが大きく変わりました。日本は自分が思っていたほど国際社会でも強くないし、地位も保たれていない。もっと日本のためにやらないといけないことがあると。

結果、国際連合で働くのではなく、国際社会での日本の存在感を高めることに通じる仕事を選びました。このように自分の中でキャリアに対しての軸が変わってきているわけですよね。ただ、社会を良くしたいという思いは小学生の時から変わっていません。

留学生の就職活動を改善するというビジョンのもと、全米150大学を訪問

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ハーバード大学でのキャリア支援

私がマイナビUSAでの仕事を始めた時は、アメリカに約3万6000人の日本人留学生がいました。そして彼らを採用したいと思っている日本企業と日本人留学生の間にミスマッチが生じていました。採用したい側はどう採用すればいいのかわからない。留学生もどう就職活動をしたらいいのかわからない。

私が留学をした時に情報がなくて戸惑ったように、3万6000人の留学生も帰国就職に関する情報が少ないから同じように戸惑っていたんです。だから、そこを改善したいと思いました。日本の就活の現状とか、日本の企業のことについて、学生に伝え続けましたね。全米各地、150以上の大学に足を運びました。

日本の採用システムは独特なので、それに則って就活しないと、すごい優秀なのに、日本に帰ってから仕事がないという人もたくさんいました。これがとてももったいないと思って。日本の国際的な地位を高めるために、適材適所の人材配置というのはすごく重要だと思い、動き続けました。

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全米の大学をまわってキャリア支援

社会人10年目の節目に独立、起業

独立して起業をしようと思った理由は、ざっくばらんに言ってしまえば、どこにも所属をしない方が最も効率的に活動できると思ったからです。

「留学生の就職活動を改善する」というビジョンに関しては、コンサルタント時代も含めて、数多くの大学を10年間回り続けてきたわけです。一方で、日本国内では「グローバル化」が叫ばれるようになり、市場も追いついてきた感がありました。自分の中ではひとつの区切りだと感じ、社会人10年目の年で起業するという結論に至りました。

結婚して子供も生まれたことで、母親業にも強い思いがありました。学校行事の参加や習い事の送り迎えなどを、もっときちんとこなしたいという気持ちが強かったです。サラリーマンとしてだと、できることって制限が出てきちゃいますよね。 独立を選んだのは、それも大きな理由かなと思います。

New York Career Academy、社名とロゴへのこだわり

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『キャリア』という言葉の語源を辿ると、ラテン語で轍(わだち)と言って、馬車が通ってできた道のことを言うんです。馬車がダダダーって通ると、車輪のあとが残りますよね。そのことをキャリアって言ったらしいんです。そこから転じて、人が歩む道と解釈されるようになったと言われています。つまり、キャリアとは人生という意味なんです。

『アカデミー』の部分は、 人が成長して学ぶ場を提供したいという意味を込めています。実は、アカデミーという単語をビジネス名に使うのは、少し大変でした。ニューヨーク州のDepartment of Education(教育庁)の審査を受ける必要があったんです。弁護士も知らないことでした。それで予定よりも時間がかかってしまいましたが、アカデミーという単語にはこだわりがあったので、無事に登記できて良かったです。

ロゴは、こだわったというか、これしかありませんでした(笑)。十人十色、、、みんな違ってみんないいという、キャリア支援ではこれがすごく重要なんです。ニューヨークという場所自体が十人十色なので、社名ともマッチするかなと思いました。

留学、キャリア、研修の3つの支援事業をする理由

会社の事業には3つの領域があって、1つ目が留学支援、2つ目がキャリア支援、3つ目が研修支援です。

キャリア支援は、過去10年間ずっとやってきたことの継続です。グローバル人材と言われている、日英バイリンガル向けの就職活動の支援です。履歴書とかエントリーシートとかのスキル的なことだけではなく、心持ちのサポートなども包括的に行うことを常に心がけています。

留学支援は、私が新しく始めたいと思ったことです。情報過多の時代、まちがった情報もたくさん流れているので、これから留学する人たちや留学関係者に正確な情報を伝えていきたいと思っています。

今年は7人の留学を支援させていただきました。その人たちに対しては、アメリカに留学するというのは、こういうことだよと、実際の生活を含め、大学の種類とか、東海岸と西海岸はどう違うとか、就職活動など留学後の生き方のオプションはこんな感じだよっていうのを伝えました。

このような情報をしっかり伝えながら、一人ひとりの希望や適性を踏まえて留学支援を行っています。どこかの学校に送って、そこから報酬をもらって終わりというスタイルではありません。希望者には、留学中の定期面談やコーチングもオファーしています。

留学支援において、特に助けてあげたいと思っているのが地方の学生です。東京の学生以上に情報に飢えているので、私の故郷である群馬を含め、地方に情報を送るということを積極的にしていきたいです。

研修支援は、対象が教育機関 ・企業・自治体になります。アメリカに研修に来たいと思っている学校や企業は年々増えてきています。研修プログラムを作成するお手伝いや、現地でのアテンドサービスなどを提供しています。

実は、私の母校の高校初の国際研修を12月にニューヨークで担当させていただくんです!私の高校時代、「留学ではなくて国内に進学しなさい」と高校から言われていたことを思うと、時代の変化を感じますね。学校の意識が大きく変わってきています。母校だから、本当に嬉しいですね。

独立前の5年間、母校を訪問しつづけて、校長先生や英語の先生に海外研修を取り入れるべきだと働きかけてきました。やっと今年、初めて実現するので、絶対に成功させたいと思っています!

今回会社が発足したのが8月ですが、今までの5か月間で、約1,000人の支援をさせていただきました。

今後は、この3つの事業を継続して、質を保ちながら安定させることが当面の目標です。ゆくゆくは働くお母さんのキャリア支援もできたらと考えています。

会社のビジョンは・・・そうですね、これまでの社会人生活で基軸としてきた日本の国際的な地位を高めることですかね。国を強くするためには、人を強くする必要があると思うので。そのひとつの歯車になれたらなと思います。

結婚して、子供が生まれたことによる自分の中での変化

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今年のハロウィン

2011年に長女、2013年に長男が生まれました。

出産して、「母親」というアイデンティティが加ったことで、世の中の見方が変わりました。 それまでは自分が誰かの子供であるということだけでしたが、今度は人を育てている。これって責任重大な仕事ですよね。 あとは時間が自分のものだけじゃなくなったのもありますよね。守るべきものができたから、昔ほど無理ができなくなりましたね。

そして取捨選択の精度が上がりました。昔からやらないといけないことに順位をつけて、効率的にやるというのは、どちらかというと得意な方だったと思います。でも、母親になってからは、今これをやらなければ次はないって感じなので(苦笑)。

日々の体調管理にも気をつけています。お母さんが動けないっていうのは大変なことなので。運動をしたり、栄養のあるものを食べたりするのは基本中の基本。また、日常生活にヨガや瞑想を取り入れて、自分の心の健康を保つようにしています。

いろいろな刺激、心の安定、愛情を注ぐことが幼少期の子育てにおける最重要項目

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自宅の子供専用ルーム(遊びと学びのお部屋)

小学校の高学年くらいまでは、色々なものに触れさせてあげるというのはひとつありますね。いろんな刺激を与えてあげたいです。一番大切にしていることは、心の安定。心が安定していないと、たとえどんな刺激を受けてもモノにできないと思うんです。だから、子供たちの心の状態には毎日気を配っています。

そしてしっかり愛情を与えてあげること。ふれあいの時間を持つこと。幼少期は、勉強よりも大切なものがあると思うんです。今現在の子育てでは、そういったことに力を入れています。

子供の日本との結びつきを日常に散りばめていきたい

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友人家族と一緒に群馬県の「碓氷峠鉄道文化むら」へ

子供たちは半分日本人なので、日本との関わりは築いていってほしいと思っています。今のところ、年に最低2回は日本にいる私の家族と交流をしています。私たちが日本に帰ったり、家族にアメリカに来てもらったり。また、毎週日曜日は、親が交代で日本語や日本文化を教える形式のコミュニティスクールにも通っています。

アメリカにいながら日本との結びつきを保つことは、そう簡単なことではありません。日々の生活の中で、意図的に取り入れていかないと難しいと思っています。例えば日頃から日本食を食べることなど。日本の旗を見ても、アメリカの旗を見ても、同じだけの安堵感を得られるようなのを目標としています。

今までもこれからも大事にしたい価値観

「心と一体となって生きる」ということを、大切にし続けていきたいです。これは自分自身の生き方もそうだし、キャリア支援の仕事や子育てにおいても、モットーとしています。自分の心に問いかけて、心がくれる答えに耳を澄ますんです。人に迷惑をかけない限りは、やりたいことは全部挑戦してみたほうがいいと思うんですよね。もちろん、そう出来ないときもありますが。

私は、これからもそんな風に生き続けていきたいです。

インタビュー後記



わたしが大澤さんと初めてお会いしたきっかけは、2015年の夏に行われたSUNY(ニューヨーク州立大学)の学生と卒業生が集まる同窓会でした。初めてお会いした時に、キャリアと子育てに全力投球なパワフルなオーラに圧倒されたのを今でも覚えています。「これまでどんな人生を歩まれてきたのか」そんなお話をずっとお聞きしたくて、そのような経緯で今回インタビューをさせていただきました。

インタビューをさせていただいて、強い信念を持って、キャリア・子育てを毎日を全力で頑張って楽しまれているんだなと思いました。そんな姿が憧れであり、尊敬であります。わたしはこの12月で大学を卒業しますが、卒業前に素敵なインタビューの機会をもたせていただいて感謝です。

       

Yuki

北カリフォルニアのコミカレからSUNY Albanyへ編入した留学4年目の大学4年生。マンハッタンだけじゃない、ニューヨーク州の素敵なところやSUNYの大学留学情報をたくさん紹介していきます。